はじめに
このページにお越し頂いたという事は、ご自身か家族、お知り合いが「顔面神経麻痺」お困りなのかもしれませんね。
突然起きた出来事に、不安な気持ちでいっぱいなんじゃないかなと思います。
私たちは、今まで多くの顔面神経麻痺の患者さんの治療にあたってきました。
時代と共に考え方も変わり、最新のガイドラインをもとにアップデートしてきておりますので一緒に学んでいきましょう!
顔面神経麻痺って!?
顔面神経麻痺は、原因不明の病気で治療法も確立されておらず悩み続ける患者さんが多くいました。しかし、原因の追求、治療の確立が一歩ずつ進み、2011年、顔面神経麻痺の治療ガイドラインが作成され、さらに改訂版として2023年版が公開されました。また、改訂版の中には鍼灸治療の効果も改善され、詳しく明記されるようになりました。
顔面神経麻痺とは、顔の筋肉を動かす神経である顔面神経(がんめんしんけい)が急に機能しなくなり、あるいは徐々に機能しなくなり、目が閉じられなくなったり、口元が垂れ下がったり、お茶を飲んでも口元からこぼれたり、自分の顔が歪んでいるように見える病気です。
顔面神経麻痺を引き起こす原因となる病気のうち、約70%は、Bell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)と呼ばれる病気です。その他、真珠腫性中耳炎やその手術による顔面神経麻痺の障害(損傷)、糖尿病や膠原病の症状として現れることもあります。
Bell麻痺(ベル麻痺)は、30代、50代に多く、Hunt症候群(ハント症候群)は20代、50代に多い傾向にあります。小児においては男児より女児に多い傾向にあります。また、妊娠中、特に妊娠後期においてBell麻痺が生じやすいといわれています。
そして、出産後、1年は出産による体力の消耗、抵抗力の低下から顔面神経麻痺や突発性難聴などの病気、症状が現れやすいので注意が必要となります。
顔面神経麻痺の種類
顔面神経麻痺の原因で、特に多くみられるものは、Bell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)であり、全体の約70%を占めています。
顔面神経麻痺の原因を大きく分けると、末梢性と中枢性に分類され、細かく分けると、以下のようになります。
顔面神経麻痺の原因
- 特発性
Bell麻痺(ベル麻痺) - 耳炎性
急性中耳炎、慢性中耳炎(特に真珠腫性中耳炎)、中耳結核 - 感染性(ウイルス性)
Hunt症候群(ハント症候群)、Bell麻痺(ベル麻痺)、水痘(水疱瘡)、流行性耳下腺炎(ムンプス:おたふくかぜ)、多発性神経炎、HIV感染 - 感染性(細菌性)
髄膜炎、ハンセン病、破傷風、梅毒、Lyme病 - 外傷性
側頭骨骨折、顔面外傷、周産期外傷 - 手術損傷性
小脳橋角部・内耳道内の手術(真珠腫性中耳炎など)、中耳手術(真珠腫性中耳炎など)、耳下腺手術、顎下腺手術 - 腫瘍性
小脳橋角部腫瘍、顔面神経鞘腫、中耳癌、耳下腺腫瘍 - 全身性疾患
糖尿病、サルコイドーシス、重症筋無力症、甲状腺機能低下症、膠原病 - 神経疾患性
多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ギランバレー症候群、球麻痺 - 先天性
サリドマイド症、口角下制筋形成不全 - 脳血管障害性
脳出血、クモ膜下出血、脳梗塞、Wallenberg症候群(ワレンベルグ症候群) - 先天性
橋延髄形成不全
顔面神経障害患者の原因と頻度
Bell麻痺(ベル麻痺) | 53% |
Hunt症候群(ハント症候群) | 14% |
外傷性 | 5% |
手術損傷性 | 5% |
腫瘍性 | 5% |
耳炎性 | 4% |
先天性 | 1% |
中枢性 | 0.4% |
顔面痙攣(けいれん) | 6.6% |
【疫学】
※どれぐらいの割合で顔面神経麻痺が発症しているか?
年間10万人に15~30人くらいが発症 〔Am Fam Physician.2007 Oct 1;76(7):997-1002〕
顔面神経麻痺発症のメカニズム
Bell麻痺(ベル麻痺)、Hunt症候群(ハント症候群)は、近年、初感染時に膝神経節に潜伏感染したHSV-1:単純ヘルペスウイルス1型(VZV:水痘帯状疱疹ウイルス)が再活性することにより発症すると考えられています。
顔面神経は、再活性したウイルスにより、神経炎を生じて腫脹し、細い骨性の管である顔面神経管の中で絞扼されます。
この状態は、顔面神経の虚血を進め、浮腫を増悪させ、神経の腫脹がさらに進行してしまいます。
この悪循環によって顔面神経の障害が進行して麻痺が生じ、さらに神経変性へと進行するものと考えられています。
要は、顔を動かす神経が炎症を起こして腫れ上がり、神経に血が通わなくなることでむくんでくるとさらに神経を圧迫する。
この悪循環によって神経が機能しなくなり、麻痺が起こるということです。
顔面神経麻痺の検査とその評価
障害程度の診断では、40点法(柳原法)を中心に、House-Brackmann法、Sunnybrook法など、顔面運動の評価法によっておこなわれますが、麻痺の重症度と予後は必ずしも一致しないことがあり、完全麻痺の状態のなかにも予後良好の患者さんもいますので予後診断が必要となります。
現在、世界的に用いられている評価法として、顔面各部位の動きを評価し、その合計で麻痺程度を評価する部位別評価法の40点法(柳原法)と、顔面全体を概括的にとらえて評価する方法のHouse-Brackmann法があります。
もともと、40点法(柳原法)はBell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)の麻痺を評価するために作成された評価法で、House-Brackmann法は、聴神経腫瘍手術後の麻痺を評価するために考案された評価法です。
これら以外の評価法として、後遺症の評価に重点をおいたのがSunnybrook法です。
40点法(柳原法)
40点法(柳原法)とは、顔面神経麻痺の症状が現れるBell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)の麻痺を評価する目的で作成された評価法で、顔面各部位の動きを評価し、その合計で麻痺程度を評価する方法です。
評価は、安静時の左右対称性と、9項目の表情運動を4点(ほぼ正常)、2点(部分麻痺)、0点(高度麻痺)の3段階で評価し、2023年版で改定された基準として、40点満点で12点以上を不全麻痺、10点以下を完全麻痺と定義しています。
あるいは、20点以上を軽症、18〜12点を中等度、10点以下を重症としています。
表情運動とは、額のしわ寄せ、軽い閉眼、強い閉眼、片目つぶり、鼻翼を動かす、頬を膨らます、イーと歯を見せる、口笛、口をへの字にまげる の動作のことです。
誘発筋電図(ENoG)
顔面神経麻痺において、神経変性の程度を把握する検査では、検査法の簡便性、検査時間の長さ、予後早期診断法としての正確性から表面電極による記録を用いた誘発筋電図(ENoG)が,最も正確な検査法として用いられています。
しかし、神経変性は障害部位から末梢に進むために、発症早期には神経変性を正確に診断することはできません。
Bell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)の場合、障害部位は膝神経節であるが、電気刺激が可能な茎乳突孔より末梢において神経変性が完成するには7日〜10日を要するので、この期間には正確な予後診断はできず、それ以降の時期に検査が必要となります。
以上の検査法を利用して、顔面神経麻痺の病態を把握する基準は以下の通りです。
(神経変性には軸索断裂と神経断裂の2種類があります。そして、神経断裂は神経線維内膜まで断裂しているために、再生時に従来の表情筋の経路と異なった無秩序の迷入再生が起こり、後遺症の1つである病的共同運動が生じます。 ENoGの結果と、後遺症の原因となる神経断裂繊維数はほぼ一致しています。)
ENoG値 ≧ 40% 後遺症なく1か月以内に治癒する
40% > ENoG値 ≧ 20% 2ヵ月以内に治癒するがわずかに後遺症が残ることがある
20% > ENoG値 ≧ 10% 4ヵ月以内に治癒するがわずかに後遺症が残る可能性が高まる
10% > ENoG値 半数は治癒せず、治癒しても6ヵ月以上必要で、後遺症が残る
後遺症の予防、または後遺症軽減の臨界期
Bell麻痺(ベル麻痺)やHunt症候群(ハント症候群)では、膝神経節病変の変性部位変性が起こるのとほぼ同時に神経再生も起こり始めます。
ENoG値 < 40% では、神経断裂繊維を含んでいることから迷入再生が起こります。
再生繊維が表情筋に到達し始めるのは3〜4ヶ月ですが、すでにこの間に迷入再生は進行しています。
この時、神経再生を促進させていいのは脱髄と軸索断裂繊維です。
神経断裂繊維の再生を促進することは4ヶ月後に後遺症である病的共同運動と拘縮を形成することになるため、少なくとも発症から3ヶ月間は表情筋の協力で粗大な収縮(強力な随意運動や神経筋電気刺激)を避ける必要があります。
鍼灸院における鍼灸治療においても同様のことが言えますので、患者さんには、麻痺しているからといって、動くようになるよう無理にご自身で筋肉を動かすことを控えるよう指導していますし、神経筋電気刺激に相当する顔面部に対する低周波治療や鍼通電治療は行いません。
しかし、これら以外の鍼灸治療は、自分で正しい方向に治療するための力(自然治癒力)を促進することができ、顔面神経麻痺の障害部位を選択して治療することができるため、回復の可能性は高まります。
また、上記にご紹介した検査方法の評価では、細かな部分の状態が把握できません。
麻痺から回復している患者さんほど、「ここのこの動きが」など、細かな動きの支障が気になってしまいます。鍼灸治療では、このような細かな部分的麻痺に対しても対応することができます。
Bell麻痺(ベル麻痺)
Bell麻痺(ベル麻痺)とは
Bell麻痺(ベル麻痺)とは、顔の神経を動かす神経である顔面神経が急に機能しなくなり、まぶたが閉じられなくなったり、口元が垂れ下がったりする原因不明の顔面神経麻痺です。
顔面神経麻痺の中で、Bell麻痺(ベル麻痺)の占める割合は、約55%と最も多くみられる病気です。
Bell麻痺(ベル麻痺)の原因
Bell麻痺(ベル麻痺)は、原因不明の顔面神経麻痺をさしていますが、以前より、血管説、アレルギー説、ウイルス説など推測されていながらも明らかになっていませんでした。
しかし、近年、最も有力な原因として考えられているのがウイルス説です。
日本顔面神経研究会が提唱する顔面神経麻痺の手引き(2023)では、Bell麻痺(ベル麻痺)の原因のほとんどがHSV-1(1型単純ヘルペスウイルス)としてあげられています。
また、そのうち一部、水疱の現れないZSH(無疱疹性帯状疱疹)が10〜20%含まれています。
Bell麻痺(ベル麻痺)の症状
Bell麻痺(ベル麻痺)の症状には、片側の、目を閉じられない、額にシワを寄せられない、頬を膨らませられない、口笛が吹けない、イーと歯を見せられない、お茶を飲もうとすると口元からこぼれてしまうなどがあります。
その他、舌や口の中で味覚が変わってしまう、涙や唾液の異常分泌という症状も現れることがあります。
Hunt症候群(ハント症候群)
Hunt症候群(ハント症候群)とは
Hunt症候群(ハント症候群)とは、耳性帯状疱疹ともいわれ、片側の耳介、外耳道およびその周囲、もしくは軟口蓋(口の中)に痛みを伴う水疱(帯状疱疹)と共に、顔面神経麻痺と難聴や耳鳴り、めまいが現れる病気です。
顔面神経麻痺の中では、約14%の割合を占めています。
Hunt症候群(ハント症候群)は、難聴も顔面神経麻痺も症状が非常に強く出てしまうため、完全には治りにくい病気で、発症から一日でも早く治療にとりかからなければなりません。
Hunt症候群(ハント症候群)の原因
Hunt症候群(ハント症候群)の原因は、水疱瘡(水ぼうそう)です。
多くは子供の頃にかかった水疱瘡(水ぼうそう)のウイルスであるVZV(水痘帯状疱疹ウイルス)が神経節(神経細胞が集合している場所)にひっそりと住み着き続け、ストレスが溜まったとき、抵抗力が低下したときに再活性するからです。
Hunt症候群(ハント症候群)の症状
Hunt症候群(ハント症候群)の症状は、まず耳やその周りに鈍痛と共に水疱が現れます。
同時に、高度(重症)の難聴やめまいなど内耳神経(第Ⅷ脳神経)に関係する症状が現れます。
また、顔面神経膝神経節に潜伏感染しているVZVが再活性することにより、顔面神経麻痺として症状を現します(第Ⅶ脳神経)。
症状が強い場合、主に顔の知覚を司る三叉神経(第Ⅴ脳神経)領域を侵し、強い耳の痛みや嚥下(物を飲み込む)痛を生じたりします。
反回神経麻痺(声帯麻痺)、声帯障害(発声障害)
反回神経麻痺(声帯麻痺)とは
反回神経麻痺(声帯麻痺)とは、声帯の動きを支配している反回神経が麻痺を起すことで、呼吸困難や、喘鳴(ゼーゼーした呼吸音)、誤嚥(食べ物を飲み込むときに間違って食べ物が気道に入ってしまう)、声がれ、会話中にむせるような症状が出てしまいます。
また、夜、寝ているときに激しいいびきのような症状があらわれ家族に指摘され気づくときもあります。
一般的には反回神経麻痺のことを声帯麻痺と呼ぶことが多いです。
声帯の機能
声帯は左右にあり、発声時には、中央方向に近寄って気道が狭くなり、振動することで声が出ます。
また、飲食時には、嚥下(飲み込む)したものが気管に入り込まないように声帯は気道を完全にふさいでしまいます。
麻痺の原因
反回神経麻痺(声帯麻痺)の原因には、頸静脈孔腫瘍、甲状腺腫瘍、肺癌、食道癌、乳癌などの縦隔リンパ節転移、弓部大動脈瘤などの手術の後に現れることが多いです。
これは、反回神経は迷走神経の枝が胸部から頸部にUターンして喉頭に流入していて、甲状腺に密着するように上行し気管と甲状腺との結合組織の中を通り喉頭に流入しているからです。
その他には、交通事故などの怪我、感染症、神経疾患、薬物障害、原因不明(特発性)などが原因となることもあります。
症状のあらわれ方は、手術など、麻痺の原因が起きた後すぐにあらわれる場合と、1年など時間をかけて段々と現れる場合があります。
また、片方の声帯が麻痺する場合や、左右両方の声帯が麻痺する場合もあります。
顔面神経麻痺に対する一般治療
ここでは、主に末梢性顔面神経麻痺であるBell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)についての治療法をご紹介します。
抗ウイルス薬
Bell麻痺(ベル麻痺)とHunt症候群(ハント症候群)は、どちらもウイルスの再活性によるものであり、HSV-1(単純ヘルペスウイルス1型)、VZV(水痘帯状疱疹ウイルス)、ともにウイルスの増殖を抑えるため、抗ウイルス薬を使用しています。
ステロイド
顔面神経麻痺は、顔面神経管の中で膝神経節が炎症性神経浮腫、絞扼、虚血を起こしているため、これらの症状を軽減するステロイドを使用します。
ステロイドは、顔面神経麻痺に対する治療の第一選択で、治療の推奨度もAになっています。
そして、上記以外に、神経再生を促進させるためのビタミン剤や血流循環薬を使用します。
急性期の治療目的は、どちらの疾患も神経の再生を促進させることではなく、変性を防止すること、そのために、一刻も早く、側頭骨骨管内(顔面神経管内)で起こっている炎症、浮腫を改善させなければなりません。
顔面神経減荷術
顔面神経減荷術は、真珠腫性中耳炎や側頭骨の骨折が原因の顔面神経麻痺や薬物療法の効果が見られない時などに手術治療を検討します。
顔面神経減荷術は、炎症によって腫れて骨の中で締めつけられ血流も悪くなった顔面神経を、主に神経周囲の骨を削ることで圧迫から開放して血流の改善を図り、神経の変性をくいとめて顔面神経麻痺を治療します。
顔面神経麻痺のガイドラインでは
発症1週間以降2週間以内の高度麻痺で40点法で8点以下、ENoG値で10%以下、内科的治療が無効であると判断された場合
※顔面神経麻痺診療の手引
とされています。
発症後2か月以上経過してしまった場合は神経が変性してしまうため、手術の適応にはなりません。
ただ、手術をおこなったからといって完治するわけでもありません。当院には、顔面神経麻痺やまぶたのけいれんなどのために減荷術をおこない、その後顔のこわばりや病的共同運動など後遺症でお悩みの患者さんが来院することがあります。
もともと評価が低く、少なからず神経断裂をおこしているので、後遺症があらわれてもおかしくありません。
患者さんとしては、症状の改善、QOLの向上、安心を求めるのがあたりまえのことですし、少しでも改善を追求することが本当の医療であり鍼灸治療の役目だと考えます。
星状神経節ブロック
星状神経節ブロックとは、ノドの横にある星状神経節という部分に麻酔注射もしくは、レーザーをあてる治療法です。
星状神経節とは、下頚交換神経節と第1胸部交感神経節が癒合した神経節で、その支配領域は頭部、顔面部、頚部および上胸部となります。
頭頚部交感神経系の緊張亢進は、顔面神経の微小循環を障害する可能性を指摘されていて、さらに、交感神経の過緊張によって障害された顔面神経の微小循環は緊張の解除により回復する可能性があるとされています。
星状神経節ブロックをおこなうことで、顔面神経麻痺の病変部の血管を拡張させ、虚血を改善させる働きがあり、変性の進行を阻止することが期待されています。
特に、妊娠中の女性、小児、重症糖尿病患者さんなど、ステロイドを使用できない場合、およびステロイド使用によって高血圧を誘発した場合(発症頻度20%、高齢者は約2倍)、ステロイドによって胃酸分泌の亢進、胃粘液分泌の減少を引き起こし胃潰瘍を誘発した場合には、ステロイドの代わりに星状神経節ブロックを使用することがあります。
※鍼灸治療の場合、鍼治療の鍼を使用して物理的な星状神経節ブロックをおこなうことも可能です。
ただ、この治療法は単純な考え方でおこなっているため、治療効果としては不十分なものとなります。
鍼灸治療の良いところは、レーザーより安全で奥深い部分があります。鍼灸治療が体全体にもたらす効果は、科学的にみると、様々な病気の回復に必要不可欠な自律神経のバランスを整えることもできます。
これは、物理的な交感神経抑制刺激とは違い、神経興奮が過剰なところは抑え、神経興奮が低下して支障が出ているものに対しては興奮を高めてくれる効果があります。
自律神経は大きく分けると、交感神経と副交感神経に分かれ、それぞれが活動しています。鍼灸治療をおこなうと、この2つの自律神経の機能を高めてくれる効果があります。
表情筋伸張マッサージ
表情筋伸張マッサージとは、神経断裂線維の再生過程で、迷入再生を促進させてしまう強力で粗大な随意運動や神経筋電気刺激(低周波療法)のかわりとして表情筋線維に対し水平に伸張する手技です。
少しコツがありますので顔面神経麻痺専門家の指導が必要です。
ボツリヌス毒素
「しわ」や「わきが」など美容業界でもよく使用されるボツリヌス毒素注射(ボトックス)5000~6000円、この注射をおこなうことで、顔面神経麻痺の後遺症である顔面拘縮や病的共同運動を軽減させる働きがあります。
この注射をするタイミングは、顔面拘縮や病的共同運動が完成する発症から8〜10ヶ月以降、ある程度筋力強化をした後になりますので、発症から1年以上後におこなうことがあります。
顔面神経麻痺の鍼灸治療
当院でおこなう、顔面神経麻痺に対する鍼灸治療は、発病してすぐの急性期から、数か月〜数年経過した状態でも治療対応可能です。
当院の専門的な治療は、最新の顔面神経麻痺ガイドラインに沿って行うため、損傷した表情筋、顔面神経に対して、髪の毛より細い使い捨ての鍼で優しく、より効果的に治療することができます。
麻痺に対する局所的な治療では、様々な検査結果を基準にしておこないますが、現在使用している、40点法やSunnybrook法の評価では細かく診断できません。
そのため、当院では、患者さんが普段の生活で症状が気になる時の状態を聞き、治療前毎に確認しながらさらに細かく評価し、治療部位を変えながらおこなうこともあります。
また、禁忌となっている、迷入再生を促進させてしまう強力で粗大な随意運動や神経筋電気刺激(低周波療法)を顔面部におこないません。
顔面神経麻痺に対する低周波療法について
最近では、家電量販店でも家庭用の低周波治療器具が販売されています。
一般的には、整形外科や整骨院、鍼灸院において、様々な疼痛などの治療として低周波治療を行うことがあります。
低周波による神経筋刺激は、肩こりや腰痛、足の捻挫、腱鞘炎、五十肩など四肢体幹(手足と胴体)の筋肉に対して、筋収縮を起こすことで骨格筋の神経再生を促進させる治療法として有効とされています。
低周波以外に、骨格筋の神経再生を促進させる治療法として、強力な随意運動(自分で意識して筋肉を動かすこと)があります。
しかし、ENoG値 < 40% {または40点法(柳原法)で発症4週間で10/40 点以下} の顔面神経麻痺に対して低周波や強力な随意運動をおこなうことは、粗大で強力な筋収縮を誘発するために神経断裂繊維の迷入再生も促進してしまい、病的共同運動の原因になってしまいます。
さらに、顔面神経核の興奮性亢進をいっそう促進して筋短縮による顔面拘縮を助長してしまいます。
もともと、人間は、まぶただけみても生理現象の一つとして、1分に10回以上、1日にすると10000回以上まばたきをしています。
そのため、何もしなくても1日中まぶたを酷使しているため、一生懸命顔を動かす練習をすることは麻痺を悪化させることにつながります。
また、顔面神経麻痺の予後診断法として最も正確な検査法であるENoG(電気生理学的検査)であっても、障害された神経を生検しているわけではないことから、当院では、ENoG値 < 40% {または40点法(柳原法)で発症4週間で10/40 点以下}より評価が高くても、麻痺(表情筋)に対して低周波治療は行わないようにしています。それは、顔面神経麻痺以外の病気、症状に対しても、低周波治療より、鍼灸治療の方が効果的だからです。
病院の診察は非常に短く、日頃の疑問を質問するような時間はなかなか限られてしまうかもしれません。
鍼灸治療は治療時間が長く、平均1時間程の治療のため、色々なお話をしながら治療を行うことが可能です。
顔面神経麻痺や耳鼻科疾患(突発性難聴、耳鳴り、めまい)で当院に来院する方が多いため、これまでの治療経験や、その度に文献を調べ続けて得た知識、色んな角度からアドバイスが可能です。
顔面神経麻痺の後遺症について
顔面神経麻痺の後遺症には、①病的共同運動、②顔面の拘縮、③ケイレン、④ワニの涙、⑤アブミ骨筋性耳鳴り などがあり、麻痺発症6ヶ月頃から発症することが多いです。
病的共同運動
病的共同運動とは、後遺症の中で最も多くみられる症状で、会話や食事中に口の動きと同時にまぶたがぱちぱちと動いてしまう、またはその逆に、目を閉じようとしたときに口元が一緒に動いてしまう現象です。
これは、神経再生時に、隣接する神経線維が誤ってつながれてしまうこと(迷入再生)により過誤支配が起こるからです。
拘縮
拘縮とは、顔のこわばりのことです。後遺症として麻痺が残っているだけでなく、筋肉が固くなって余計に動かしにくくなります。
拘縮は、病的共同運動同様、迷入再生による過誤支配により、拮抗筋同士の収縮が考えられます。
ケイレン
ケイレンは、自分の意志と関係なく、眉毛や、口元のあたりなどが勝手にピクピクと動いてしまうことです。
ケイレンは、再生線維の髄鞘形成が不十分であるために絶縁を失った神経線維間でショートしてしまうエファプス(非シナプス結合)が起こり、刺激が隣接する複数の軸索に伝達されるからです。
ワニの涙
ワニの涙は、顔面神経麻痺により、食事中、涙が出てしまう現象で、表情筋運動線維と、涙を出すための分泌副交感神経線維が神経伝達の方向を誤ってしまうために起こります(迷入再生による過誤支配)。
アブミ骨筋性耳鳴り
アブミ骨筋性耳鳴りは顔面の表情筋の動きに伴い、不快な耳鳴りが生じる現象です。
これは、表情筋支配の運動線維と、アブミ骨筋神経線維の過誤支配によるものです。
ワニの涙とアブミ骨性耳鳴りは、病的共同運動や拘縮より早く現れることが多い傾向にあります。
顔面神経麻痺の最新の治療の考え方
従来の考え方
・早く神経再生を促進する
・神経再生を促せば麻痺は回復する
・再生促進は支配筋の収縮であり、随意的な筋収縮が低周波通電による筋収縮が行われる
・後遺症が認められた時点から低周波などの強い筋収縮は避ける
新しい考え方
・神経再生を抑制する
・麻痺の治療目標は病的共同運動の予防軽減
・神経断裂線維があると、筋収縮により断裂線維の再生も促され、内膜も断裂されているため迷入再生が生じ、表情筋の過誤再生が起こる
・柳原法10点以下、ENoG値40%以下の麻痺は発症初期より強い筋収縮を避ける
※従来の考え方のままですと後遺症が残りやすくなる場合がありますので注意が必要です。
急性期におけるリハビリ・セルフケア
発症初期から10日間ほどは角膜保護、ストレッチ指導、粗大運動の禁止、2週間くらいから開瞼運動を指導する。
初期からのストレッチの指導に関してはエビデンスはなく、覚えて頂く1番のチャンスという意味合いで初期から行う。
急性期の3つの基本手技
1.協力、粗大、対称的な随意運動は回避する。
2.徹底的な筋の伸張マッサージ・ストレッチを実施する 揉捏法を行ってからストレッチ
3.上眼瞼挙筋を用いた開眼運動 額に手を当て前頭筋を収縮させないように目を大きく開ける
基本的なアプローチによって迷入再生による病的共同運動や顔面拘縮の予防軽減を目指す。
※顔面神経麻痺診療ガイドライン2023年版より引用
顔面神経麻痺の患者さんの生活指導
①患部を冷やさず温める
②外出する際はメガネ、マスクやスカーフにて外気が直接患部にあたらないようにする。
③冷房や扇風機の風が直接患部にあたらないようにする
④お風呂に入った際にマッサージをすすめる
⑤食事やうがいの際に水がこぼれたりするため健側にて食べるように工夫
⑥表情運動は特に勧めない。むしろ肩こり体操のような頚部の緊張を緩めるようなストレッチ体操を指導する(顔面部の血流を良くさせる)