【学会参加報告レポート2】セルフケアのその先へ「治す」から「治すからだ」へシフトする「養生」のすすめ。

こんにちは!くま鍼灸院スタッフの飯塚です。
名古屋で開催された「第74回全日本鍼灸学会学術大会」に参加して、今回はその中でも印象の残った講演の紹介第2回をお伝えします。
数多くの講演の中でも、特に当院の考え方と共鳴し、皆様にもぜひお伝えしたいと感じたのが、鍼灸研究の第一人者である、「明治国際医療大学の伊藤和憲教授」による「セルフケアから養生へ」というテーマの講演です。
今回のブログでは、伊藤教授の講演内容を元に、「なぜ私たちの身体は不調になるのか」、そして「本当の意味で健康になるために何が必要なのか」について、お伝えしていきたいと思います。
鍼灸治療はなぜ効くの?そのカギは「引き出す力」

「鍼灸って、なんで効くんですか?」
これは、私たちが日々の臨床でよくいただく質問です。
一般的に、鍼灸の効果としては、
・免疫機能の改善
・内臓機能の改善
・自律神経のバランス調整
・脳機能の改善
・痛みのコントロール
などが挙げられ、多くの研究でそのメカニズムが解明されつつあります。
伊藤教授は、この鍼灸の効果を「引き出す力」と表現されていました。
私たちの身体には、本来、自分で治ろうとする「自然治癒力」が備わっています。鍼灸治療は、その眠っている力を最大限に引き出すお手伝いをするものなのです。
自然治癒力(患者さん自身の力) + 引き出す力(鍼灸治療) = 健康な身体
つまり、治療は私たち鍼灸師だけが頑張るものではなく、患者さんご自身の「治りたい」という力と合わさって、初めて大きな効果を生み出すのです。
なぜ、症状は「慢性化」し「治りにくく」なるのか?

一方で、治療をしてもなかなか症状が改善しない、からだの変化に気づかない方もいらっしゃいます。その原因は、一体どこにあるのでしょうか。
伊藤教授は、その大きな原因として「脳機能の低下による症状の複雑化」を挙げていました。
ストレス、意欲の低下、睡眠不足、運動不足といった日々の生活習慣は、知らず知らずのうちに脳に影響を与え、その働きを低下させてしまいます。
特に、
・理性を司る「前頭前野」の機能が低下
・不安や恐怖を感じる「扁桃体」が過剰に活動
といった状態になると、脳が痛みに過敏になったり(痛覚変調性疼痛)、自律神経が乱れたりして、症状をより複雑にし、治りにくい身体を作ってしまうのです。
このような脳や身体の慢性的な不調は、細胞レベルでの変化、さらには「エピジェネティックな変化」にまで繋がるといいます。
【ちょっと解説】エピジェネティックな変化とは?

少し難しい言葉ですが、簡単に言うと「生活習慣によって、後天的に遺伝子の使われ方が変わってしまうこと」です。例えば、精神的なストレス、栄養の偏り、病原体への感染といった様々な要因が、私たちの遺伝子のスイッチのON/OFFを切り替え、アレルギーや生活習慣病、精神疾患などのリスクを高めてしまう可能性があるのです。
つまり、日々の生活の積み重ねが、私たちの体質そのものを「治りにくい状態」へと変えてしまうことがあるのです。
未来の健康をつくる鍵、「養生」という考え方
では、この「治りにくい身体」から抜け出し、本当の健康を取り戻すにはどうすればよいのでしょうか。
その答えこそが、今回のテーマである「養生(ようじょう)」です。
伊藤教授は、「養生は、このエピジェネティックな変化を予防・改善する」と述べられています。
養生の具体例
・ バランスの取れた「食事」
・ 適度な「運動」
・ 鍼灸、マインドフルネス、リラクゼーション
・ 心地よいコミュニティ(人とのつながり)
特別なことではありません。日々の心地よい生活習慣の繰り返しが、遺伝子のスイッチを良い方向に切り替え、心と身体を健やかな状態に保つのです。
「セルフケア」から「養生」へ。目指すは「Well-being」
私たちはこれまで、「長生き(寿命)」を目標とし、次に「健康でいられる期間(健康寿命)」を重視する時代を生きてきました。
しかしこれからは、その先にある「Well-being(ウェルビーイング)」、つまり身体的にも、精神的にも、そして社会的にもすべてが満たされた「幸福な状態」を目指す時代に変わってきています。
痛みや不調が出たときだけ対処する「セルフケア」はもちろん大切です。しかし、本当の意味で幸せで健康な人生を送るためには、もっと大きな視点が必要です。
その一つが、東洋医学が古くから大切にしてきた「養生」の考え方です。
・ 季節の移り変わりに合わせて生活を整える
・ 自分が住む地域の旬のものをいただく
・ 家族や友人、地域との心地よいつながりを大切にする
このように、自然や環境、社会と調和しながら、心身のバランスを積極的に整えていくこと。
これこそが、症状が慢性化・固定化するのを防ぎ、未来の健康を作る鍵となります。
「治るからだをつくる治療」
伊藤教授は講演をこう締めくくりました。
「これからの時代は『治す治療』から『治るからだをつくる治療』へシフトする必要がある。それこそが養生である!」
目の前の症状を取り除くだけでなく、患者さんお一人おひとりの生活に寄り添い、なぜ不調が起きているのかを共に考え、ご自身の力で「治る身体」を作っていくお手伝いをすること。
そのための「養生」の方法を、これからも皆様にお伝えしていきたいと、決意を新たにした講演でした。
季節の変わり目は体調を崩しやすい時期です。ぜひ、ご自身の身体と向き合う時間を作ってみてくださいね。

